旅と単焦点 ─ スターレンズが切り取る旅の風景
旅は命の洗濯。日常を離れて心を弛緩させたり、逆にあらたな刺激を求めたり。いずれにしろ普段の違いに楽しみを見いだす行為だ。撮影が主目的でもなければ共連れにするカメラはできるだけ軽快にしたいもの。そんな時に頭を悩ませるのは「利便性に富んだズーム」か「表現力に富んだ単焦点」という問題だろう。
初めての土地、どんなもの・ことを目にするか分からないからズームにしておこう……そういう選択をすることが多々あるし、似たように悩む方も多いのではないだろうか。
写りに惚れ、普段から使い慣れた単焦点ではどうなるだろう?そんな後悔の種を解消できるかも知れない試みを富山は南砺市でしてきた。最近の高性能レンズは重量も嵩み、旅に何本も持っていくわけにはいかないならなおさらだ。
※ 撮影の都合上、一部南砺市以外の地域の写真も含まれます。
HD PENTAX-D FA★50mmF1.4 SDM AW
標準ド真ん中の50mmでありながら、K-1 MarkIIと合わせて約2kgという重量級の単焦点。新世代のスターレンズらしく、あらゆるシチュエーションに抜群の安定感をもって応えてくれる頼れる一本だ。旅路の上でも同様にその安定感を発揮してくれるのだろうか。
菅沼集落観光用の駐車場から続くエレベーターに乗ると別世界に続くようなトンネルに出た。偶然の演出が旅の始まりを告げるちょっとしたセレモニーのように感じる。
集落へ足を踏み入れると、(失礼ながら)イメージと異なりごくごく日常の空気が流れていた。人生の半分以上をいわゆる「観光地」で暮らしてきた先入観でもっと商売っ気のただよう場所だと思い込んでいた。
ファインダーごしに見た肩の力の抜けた日常にそんなことを自覚させられたわけだが、それも「50mm」という飾らない目があったからなのだろうと思う。
歩きながら視線を向けた先をストレートに切り取る。見るものだけに集中すればだいたいうまい具合にまとめてくれるスターレンズは、旅以外のことを気にしないでいられる案外いい選択なのかもしれない。
またいつか
HD PENTAX-D FA★85mmF1.4ED SDM AW
同行していた瀬尾拓慶氏にD FA★85mmF1.4ED SDM AWを借りてみた。50mm以上にずっしりとくる鏡胴、凹んだ前玉にどんな世界が見えるのだろう?と期待が膨らむ。
ずしっとしたレンズを左手で支え、右手で握るグリップに少し力を込めてファインダーを覗く。アイカップに目が触れるや否や、頭を貫くような衝撃をともなった光を感じた。「見つめる」という行為の結果が驚くほどの純粋さを持って自身にはね返ってくるのだ。
50mmのスターレンズがそこにあるものをストレートに切り取る窓だとしたら、85mmは見つめた「記憶」をどこまでも純粋に額に収める装置だ。あの日見た光景は、どこまでも曇りなく手の中に収まる。
旅の記録ではなく「記憶」を残すならば、これ以上のレンズはないだろう。